海外マルファン情報

米国マルファン症候群患者団体The Marfan Foundationからの情報を中心に、マルファン症候群や関連疾患についての海外情報を翻訳して発信します。

私がマルファン症候群に感謝する理由

2017年6月2日

Latasha Doyle

 

 

私は最近、『How to Live a Good Life(すばらしい人生を送るには?)』(ジョナサン・フィールズ著)という本を読んでいました(すごくおススメです)。ある章で著者は、読者にこう問いかけます。

 

「あなたが最も感謝していることを一つ挙げてください」

 

私には夫や家族、ペットに仕事など、人生で感謝したいことが山ほどあるので、一つだけ選ぶとなると多少考える時間が必要でした。夫かしら?違うわ(あなた、ごめんなさい)仕事?うーん。ペット?これも違う。上の問いかけを読んでいた時、小さな声が後頭部のあたりで短いフレーズを何度も繰り返していました。そして私の脳が出した答え、それがマルファン症候群だったのです。

 

どうか信じてください。私も皆さんと同じようにビックリ仰天してしまったのですから。一体全体どこの誰が、はっきり言ってこんなにも腹が立つ病気に感謝などするもんですか。ですが、マルファン症候群は私にとって永遠に感謝したくなるようなことをしてくれました。今の自分があるのはマルファン症候群のおかげなのです。

 

マルファン症候群ということで自分が決まってしまうわけではありません(「私がマルファン症候群です!」なんて言いません)しかし、マルファン症候群は本当の自分を知る上での重要な要素ではあるのです。おそらく皆さんも同じようなお考えだと思います。私はおかしなことを言っているのかもしれません。マルファン症候群が重荷でしかないと思っている方はいないと思いますが、感謝の気持ちをもって向き合ってみる必要はあると思います。

 

様々な意見があるかと思いますが、私自身のことを話したいと思います。

 

マルファン症候群が私に与えてくれたこと、それは…

 

視点

 

マルファン症候群を背負って生きる人生は決してバラ色ではありません。ですから本当に大切ことは何であるかについて多くのことを学んできました。人生とは、本当に、本当に辛いものです。マルファン症候群の人なら誰でも前向きであり続けるという単純なことが、時には非常に困難であることを知っています。

 

すぐには理解できないかもしれませんが、マルファン症候群は、私の時間やエネルギー、そして私の愛を捧げるだけの価値のあるものを見出す視点を与えてくれました。私は日々困難と向き合う一方で、「大局的な見方」というものがより重要であることを理解しています。マルファン症候群のおかげで、心から「人生はあまりにも短い」ということを受け入れることができるようになったのです。

 

大きな視点から考えた場合、その仕事上の問題は本当に重要なのでしょうか?友人とケンカして、血圧を上げることに価値があるのでしょうか?マルファン症候群という視点に立つことで、本当に大事なことがずっと見つけやすくなるのです。

 

敬意

 

マルファン症候群で誰かを亡くしていたり、自分自身が健康上の問題を抱えている場合には、自然と与えられた時間を大切にするようになり、他の人よりも「すばらしい日々」を楽しめるようになります。ある朝目覚めて、背中の痛みがなかったり、普段よりも少しだけ深く呼吸できたり、脈が正常だったりすると、飛び上がるほどうれしくなります。

 

私はそんな日々を楽しみにしていて、そうなりそうな時は直感的にわかるのです。そういう日には私は思いっきり楽しみます。皆さんもそうしてみてください。

 

強さ

 

私達マルファン症候群患者は誰もが、背中の激痛で目が覚めたり、眼の問題で苦労したり、心臓の手術を受けるなど、大半の人が関わりを持つことができないようなことを経験しています。私達の多くが、困難をくぐり抜けてきたということです。中にはマルファン症候群の合併症と日々戦っている人もいますし、大切な人をマルファン症候群で失くした人もいます。

 

では、私達マルファン症候群患者はどうしたらいいのでしょうか。続けることを継続すればいいのです。苦難や恐怖と真っ向から向き合い、与えられたものを最大限活かす努力をしましょう。マルファン症候群は、否が応でも、私達自身の力をつかみ取る鍵を与えてくれているのです。私達は皆自分たちが思っているよりも強いのです。

 

成長

 

私は今の自分と、完全な健康体である自分とは、違う人間であるということは理解しています。時々「健康な私」と会ってみたいと思う反面、つらい経験をしたことで、よりよい自分になることができた、とも思っています。皆さんにも共感していただけると思います。

 

マルファンのおかげで、他人の苦しみにも想いを寄せることができるようになりました。私達は目に見えるものをいつもそっくりそのまま受け入れてはいけないということを知っています。私達は長身の人なら誰でも、バスケットボールをしたがっている(できる)とは考えませんし、突然変異でマルファン症候群になった人を見つけることがいかに難しいことであるかを理解しています。そして何より、自分のやりたいことを、そうせざるを得ないという理由で諦めなければならない人達の気持ちがわかるのです。

 

このような経験のすべてが成長の糧となり、最良の自分となる手助けをしてくれているのです。確かにもっと楽な方法があればいいとは思います。でもそううまくはいかないのが人生ですから…

 

コミュニティ

 

私がマルファン症候群に最も感謝していること、それは人々との出会いです。マルファン症候群を通じて、自分の今の苦しみを理解してくれる人や同じ経験をしてきた人、やっと病気を理解し始めた人などと出会うことができました。驚くほどパワフルな人々とつながることができ、支援の多さにいつも圧倒されています。

 

それから、私と日常を共にする人たちにも感謝しています。私の苦しみを理解してくれ、「あなたには有酸素運動がおススメよ」なんて口が裂けても言わない人たちです。マルファンのおかげで「仲間」を見つけることができました。私の苦労を支えてくれて、一緒にいる時にはつらさを忘れさせてくれる「仲間」です。

 

それでもマルファンはイヤですが…

 

私がこれまで書いてきたのは、マルファン症候群は公園を散歩するような気楽な病気だと言いたいからではありませんし、私達の多くが経験する痛みや困難を小さく見せたいわけでもありません。私が言わんとする事、それは、好むと好まざるとにかかわらず(ほぼ毎日好みませんが)、マルファン症候群は私達の生活の大きな部分を占めているということなのです。

 

マルファン症候群を重荷であり、人生を苦労まみれにする厄介者と見ることもできますし、姿を変えた幸福の使者と見ることもできます。私達は他の人には持つことのできない、素晴らしいもの――強さやユーモア、コミュニティ、視点、身長(ウフフ)――を与えられているのです。

 

マルファン症候群に感謝している、なんて言いましたが、私にも「もうイヤ!」と言いたくなるような日があります。それもしょっちゅう。ですから、私の脳が出した答えには驚いてしまったのですが、その理由を考えれば考えるほど、フムフムと納得できるようになりました。

 

私はマルファン症候群に感謝しています。それは、自分が何者であるかという根底にマルファン症候群があり、今ある自分に満足しているからなのです。皆さんはいかがでしょうか?

 

Latasha Doyleさんについて

 

ご主人と6匹のフワフワペットと一緒にデンバー郊外で暮らすフルタイムライターであり、突然変異型のマルファン症候群患者。趣味は、ペットとの戯れ、クローシェ編み、Netflixラソン、次の旅行の予定を立てること。 

 

出典:http://blog.marfan.org/why-im-grateful-for-marfan-syndrome

 

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