海外マルファン情報

米国マルファン症候群患者団体The Marfan Foundationからの情報を中心に、マルファン症候群や関連疾患についての海外情報を翻訳して発信します。

心臓・血管について

はじめに

 

マルファン症候群では高い頻度で心臓や血管の疾患が認められ、時には非常に重篤な場合もあります。大動脈(心臓から全身へと血液を運ぶ太い血管)の合併症が最も一般的です。心臓の弁に影響が出ることもあります。頻度はそれほど高くはないものの、大動脈以外の動脈に問題が生じることもあります。命に関わる緊急事態に至る前にそれらの疾患を発見、治療できるよう、早期に正確な診断を受けることが重要です。

 

マルファン症候群と診断された方のうちの10人中9人で、心臓や血管の疾患が認められます。朗報なのは、薬や手術など治療の選択肢は数多くあり、自分自身で調整することで、運動習慣を継続できるということです。適切に管理することで、日常生活に支障を生じうる合併症の多くを和らげたり、予防することができますし、通常、治療やその後の経過観察により、命に関わる合併症を防ぐすることができます。

 

マルファン症候群で一般的にみられる心血管疾患

 

マルファン症候群で最も頻度の高い心臓、血管の疾患は以下です。

 

大動脈拡張・大動脈瘤

 

マルファン症候群および関連疾患では、大動脈が太くなったり(大動脈拡張)、大動脈の壁が脹らむ(大動脈瘤)ことがあります。

 

大きく膨らんだ大動脈は、裂けたり、破裂したりする(大動脈解離)リスクがあるため、大きな問題となります。

 

医師は大動脈の太さを表すのに「Zスコア」という言葉を用います。「Zスコア」とは、患者さんの大動脈のサイズが標準サイズからどのくらい離れているかを表す指標です。Zスコアが利用される理由は、小児から成人になる際に大動脈のサイズが大きく変化するためです。大動脈の太さを測るだけでは、十分な情報が得られず、年齢や身長、体重、性別なども含めて考慮する必要があるのです。大動脈の太さ、Zスコアともに重要です。ですが、Zスコアは小児で使われることが多いです。その理由は、小児では大動脈が成長過程にあり、Zスコアは身体のサイズに対して動脈瘤がどのくらいの大きさになっているかの目安となるからです。大動脈の実際の太さよりもZスコアの方が重要となるのは、特に、予防的な大動脈手術のタイミングを検討する場合です。御自身にとっての標準的な大動脈の太さについては、担当医に確認してください。

 

大動脈解離

 

大動脈解離は大動脈の層と層が剥がれてしまう疾患で、層の間に血液が流れ込み動脈瘤ができたり、大動脈が破裂することがあります。大部分の方が、胸の中心、胃(腹部)、背中などに生じる突然の激しい痛みでこの疾患に気が付きます。

 

僧帽弁逸脱

 

僧帽弁逸脱症は、一般集団では5%、マルファン症候群の方では60%に認められ、心臓弁(僧帽弁。左の心臓の血流量を調節する)の弁尖の片方が「バタバタ」して、しっかりと閉じない疾患です。症状としては、不整脈や頻脈、息切れなどがあり、聴診による心雑音を認める場合もあります。心雑音は弁からのリーク(血液の漏れ)や心拍時に血液が左心房へと逆流することと関連します。少量のリークは日常的に発生しており、通常、問題とはなりません。ですが、僧帽弁からのリークが重度となり、息切れや心機能に異常をきたすようになれば、手術が必要となることもあります。小児集団では、リークを伴う僧帽弁逸脱症が手術適応の主な要因であり、進行性の心拡大や不可逆的心機能不全(心筋症)の予防に役立ちます。僧帽弁におけるリークは見過ごされたり、過小評価されることが多く、喘息や肺炎と診断されることもあります。僧帽弁でのリークや逆流の程度は、経胸心エコー単独では困難な事があり、場合によっては、経食道心エコーなどの検査が必要となることもあります。

 

大動脈弁逆流

 

大動脈逆流は、大動脈弁が完全に閉じないことにより、血液が心臓に逆流することで生じます。多くは、大動脈が著明に拡大し、大動脈弁の弁尖が完全に合わさらなくなることで発症します。軽めの運動時の強い動悸や息切れなどの症状があります。大動脈弁逆流により、心雑音が生じたり、急性大動脈解離の原因となることもあります。

 

心不全

 

心不全はマルファン症候群では年齢によらず、珍しい合併症です。心不全とは、他の組織からの酸素や栄養素などの需要に、心筋による供給が追いつかない状態です。心不全が起きるのは、心臓が長期にわたり過度な働きをするよう要求された場合です。例えば、心臓弁から大量のリークが生じている場合に、それを埋め合わせるために働く場合です。原因が特定されないこともあります。

 

早期にみられる心不全の兆候は、心拡大や血液を押し出す力(駆出率)の低下です。早期に発見し、基礎となっている病因が特定・治療されれば、正常な状態に戻ります。β遮断薬(カルベジロール、メトプロロールXL)やアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)などの薬剤が使用されます。心臓弁からのリークの進行や心臓のサイズ、心機能に懸念がある場合には、より頻回の受診や心エコー検査を求められることがあります。心臓のサイズや心機能についての詳細なデータを得るために、心臓MRI検査という特別な画像検査が必要となる場合もあります。心不全が進行した場合、胸水が溜まったり、運動能力が低下したり、仰向けで眠ることが困難になります。重度の心不全は不可逆的で、原因となる疾患が治療された場合でも正常には戻らないこともあります。このため、心不全が進行した場合には早期に心臓弁の修復や置換が検討されることがあります。また稀ではありますが、マルファン症候群や心不全の方で、長期予後の改善のために心臓移植を受けた方もいます。

 

マルファン症候群で一般的な心血管疾患の管理法

 

心臓や血管の病気の治療では、薬、定期検査、手術、あるいは個々の状況に応じてこれらを組み合わせて用いることがあります。さらに、進行する可能性のある病気の予防や管理のために講じることのできる対策もあります。

 

 

心臓や血管の病気の多くは薬による治療が可能です。マルファン症候群と診断された場合には、βブロッカーやアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を用いて大動脈基部の拡張速度を低下させることが推奨されます。推奨投与量は2014年に発表されたアテノロール対ロサルタンのランダム化試験で示されています。

 

  • アテノロールは24時間計測での平均心拍数を20%以上低下させることをを目標として、最大4mg/kg/日(一日あたり250mg以下)まで増量する。一般に、このぐらいの高用量に対する忍容性は良好である。

  • βブロッカーに耐性がない場合には、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)(例 ロサルタン)を使う。大動脈の拡張を予防するためアテノロールと同量を投与する。ロサルタンは初期投与量を0.4mg/kg/日とし、体重により最大1.4mg/kg/日まで増量する。100mgを超えないようにすること。

  • 臨床試験データではアテノロール、ロサルタンともに若年患者の大動脈基部Zスコアを大きく低下させたとのエビデンスがあることから、診断が付いた際には小児であってもβブロッカーあるいはアンギオテンシン受容体拮抗薬を処方する。大動脈拡張の有無によらず、マルファン症候群の診断が付いた時点で薬物療法を開始・維持し、術後も無期限に継続すること。

  • 投与薬(βブロッカー〈アテノロール〉またはARB〈ロサルタン〉)を選択する際は、患者の既往歴に基づき、個々に応じた治療計画を立てる。しかし、アテノロールおよびロサルタンについてのみ臨床試験が実施されていることから、現在のところエビデンスに基づき確実に推奨できる薬物治療はこれらに限られる。他にも臨床試験が進行中であることから、ARBとβブロッカーによる治療と組み合わせて実施できる薬物治療に関し、追加的な情報が得られる可能性がある。

  • マルファン症候群においてはACE阻害薬に関する小規模な研究が行われてきたが、同疾患での大動脈疾患を予防する目的でACE阻害薬の使用が推奨されるまでには、さらなる情報が必要である。

  • 心臓の筋力低下(心筋症、つまり左心室機能不全)がみられる患者に対しては、例えば、βブロッカーと、ACE阻害薬あるいはARBのいずれかが用いられる。アテノロール以外に心不全治療薬として承認済みのβブロッカーには、カルベジロールとメトプロロールXLがある。その他に心不全治療に使用できる薬には、ヒドララジン、長時間作用型硝酸エステル、スピロノラクトンなどの利尿薬がある。

 

検査

 

マルファン症候群の方は、緊急事態が生じる前に心血管疾患、特に大動脈の疾患に対する定期検査を受けなければなりません。マルファン症候群の患者に対して医師が行う最も有効な検査は以下です。

 

  • 経胸心エコー(TTE)は胸壁を介して行う心臓の超音波検査であり、心臓弁や心臓に最も近い大動脈の一部など、心臓の全体構造を観察できる。

  • MRA(磁気共鳴血管造影)あるいはCT(コンピュータ断層撮影)スキャンでは、
    大動脈全体の撮影ができる。

  • 心臓MRI(磁気共鳴画像)は、心臓および弁の構造・機能に関し、詳細な情報を得るために行う特別な検査で、リークが生じている弁の手術タイミングを判断する際に非常に役立つことがある。

  • 経食道心エコー(TEE)は、心臓の弁の他に、上行大動脈および下行大動脈を観察する検査であり、食道に小型カメラを入れるため、鎮静が必要となる。気持ちを落ち着ける薬と痛みを抑える薬(麻酔薬)を組み合わせて鎮静を行う。TEEは特に、僧帽弁のリークの原因およびその重症度を判断する際に有効で、経胸心エコーで適切な画像が得られなかった場合に行われる。

 

マルファン症候群の大動脈疾患では、単純X線撮影および心電図は有効な検査ではありません。

  

日常生活で注意すべきこと

 

マルファン症候群や関連疾患では、心臓や血管の管理のために日常的に実行できることがたくさんあります。緊急事態のことは考えたくないとは思いますが、自分の病気を理解し、前もって緊急事態に備えておくことで重大な事態が発生した場合に御自身やご家族が安心できます。

 

以下を推奨します。

 

  • 医師の処方通りに薬を飲み、大動脈への負荷を減らす。

  • 年に1回以上心エコー検査(経胸心エコーあるいは経食道心エコー)などの心臓の検査を受ける。大動脈がほとんど拡張していなかったり、全く拡張が進行していないことを確認するため、より頻回(3ヶ月から6ヶ月ごと)エコー検査を受けるよう求められることもある。

  • 大動脈に過度の負荷をかけない。定期的な運動は行うべきだが、ジョギングよりもウォーキング、レースよりもゆっくりとしたサイクリングを行うようにする。バスケットボール、フットボール、サッカーといった勝ち負けを競うスポーツは行わない。仕事では重いものを持たないようにする。marfan.orgのウェブページにあるPhysical Activity Guidelinesを読む。

  • 子供がマルファン症候群であるかどうかを医療関係者に相談する。マルファン症候群の診断が付き次第、直ちに投薬治療を開始することが推奨される。

  • 妊娠の有無あるいは予定について医師に相談する。マルファン症候群の妊婦に関しては特有のリスクが生じるため、特別な治療が必要となる。詳細はmarfan orgのウェブページ参照。

  • 患者本人あるいは家族が、息切れや運動能力の低下、横になるのが困難などの呼吸症状の悪化がみられるかどうかを医師に伝える。

 

緊急事態(例:大動脈解離)にすべきこと

 

マルファン症候群では大動脈解離の発症リスクがあります。発症率は一般人口の250倍で、発症すると命に関わる可能性のある緊急事態です。

 

原因不明の胸や背中、腹部の痛みがあった場合、救急隊員に自分がマルファン症候群であることを伝えることが極めて重要です。

 

搬送される方がマルファン症候群あるいは関連疾患の有病者であるとわからない場合、あるいは外見上明らかな身体的特徴がない場合、救急隊員が大動脈解離を疑わないことが多くあります。

  • 救急隊員に自身がマルファン症候群あるいは関連疾患の患者であることを訴え、大動脈解離の可能性があることを伝える。

  • 救急部門で医師や看護師に症状を的確に伝える。

 

適切な治療を受けられるよう、救急部門のスタッフと上手くコミュニケーションをとるために役立つ重要なコツがあります。

 

  • Emergency Preparedness Kitに記入しておく

    緊急事態が起こる前にmarfan.orgのウェブページからEmergency Preparedness Kitをダウンロードして空欄を埋めておき、いざという時には救急部門に持参しましょう。Emergency Preparedness KitにはEmergency Alert Cardが含まれます。Emergency Alert Cardはあなたがマルファン症候群あるいは関連疾患の患者であり、大動脈解離の発症リスクが高いことを示すものです。また、大動脈解離を診断あるいは除外するために行うべき適切な検査についても記載されています。

  • 痛みについて十分に説明する。

    以下の質問に答えられるようにしておきましょう。担当医から訊かれなかった場合でも、とにかくはっきりと伝えてください。

    • どこが痛いか

 

    • どのくらい痛いか

 

    • 痛みが始まったのはいつか

 

    • どんな痛みか

 

    • 痛みが身体の他の部分に広がっているか(背中、首、腕など)

 

    • これまで経験したことのある痛みか

  • 切迫感を伝える

    医師や看護師には以下を強く訴えましょう。

 

   • マルファン症候群あるいは関連疾患であるということ

 

   • 大動脈解離の発症リスクが高いということ

 

          • 痛みが大動脈解離によるものかどうか不安だということ

  • かかりつけ医に連絡を取る

    救急部のスタッフにかかりつけ医の名前と電話番号を伝え、すぐに連絡をとって治療に必要となる追加情報を聞き出してもらいましょう。

  • メディカルアラートブレスレットを身につける

    メディカルアラートブレスレットが役立つのは、特に自分の既往歴を伝えることができないような場合です。このブレスレットを付けることで、治療に役立つ可能性のあるいくつかのキーワードやフレーズを救急部門のスタッフに伝えることができます。マルファン症候群の方はブレスレットに「マルファン症候群、大動脈瘤、大動脈解離のリスクあり、心臓弁、ワーファリン」などの言葉を刻んでおくとよいでしょう。どのような単語を刻むかについては主治医に相談してください。

  • 大動脈解離の確定診断あるいは大動脈解離の可能性を除外するのための検査について、知っている情報を伝える。

    大動脈解離の診断に最も有効な検査は胸部静脈コントラストCTあるいは経食道心エコー(TEE)です。MRAが最初に行われることもあります。診断に用いられる検査は病院によって異なります。造影剤、貝類や甲殻類ヨウ素などにアレルギーがある場合は救急部のスタッフに伝えましょう。重要なので覚えておいてほしいことは、胸部レントゲンは大動脈解離の診断には役に立たないということです。大動脈解離が疑われる場合には、胸部単純レントゲンは必要な検査を遅らせるだけです。

  • 地元の病院が対応できるかチェックしておく

    緊急事態が生じる前に地元の病院の体制をチェックしておきましょう。救急部門で適切な検査がすぐに受けられるか、緊急の心臓手術ができる設備が整っているかなどを確認したほうがいいでしょう。

  • 緊急事態が起きる前に、自分の代わりに話ができるよう家族を教育しておく

    家族は助けになります。あなたの健康状態、特にあなたがマルファン患者であること、大動脈瘤や大動脈解離の既往歴、手術歴、薬、現在の症状について知っていることなどを救急部門のスタッフに伝えてくれます。また、主治医の名前や電話番号などを伝えることもできるかもしれません。あなたが緊急事態に陥り、コミュニケーションを取れないような場合、ご家族が上で述べた情報を伝えられるようにしておいてください。

  • 救急部門のスタッフに粘り強く不安を訴える

    救急部門ではビクビクしてしまうかもしれませんが、以下の項目は極めて重要です。

   • 症状についてできる限りのことを医師に伝える。

 

   • 真面目に対応してもらえていないと感じる場合には不安を繰り返し訴える。

 

   • 救急部門が大規模で、あなたを最初に診察した医師の意見に同意できない場合                 

    には、他の医師に意見を求める。

 

出典:

https://marfan.org/wp-content/uploads/2021/09/Heart__Blood_Vessels_in_Marfan_Syndrome.pdf

 

The Marfan Foundation did not participate in the translation of these materials and does not in any way endorse them. If you are interested in this topic, please refer to our website, Marfan.org, for materials approved by our Professional Advisory Board.

The Marfan Foundationは、当翻訳には関与しておらず、翻訳内容に関してはいかなる承認も行っておりません。このトピックに興味をお持ちの方は、Marfan.orgにアクセスしていただき、当協会の専門家から成る諮問委員会が承認した内容をご参照ください。