はじめに
マルファン症候群および一部のマルファン関連疾患の患者さんの多くは顎が狭く、高口蓋が認められることから、歯科的・矯正歯科的な問題が生じる可能性があります。さらに、僧帽弁逸脱がみられる方や人工弁を装着している方では、歯科治療において心内膜炎(心臓および心臓弁の感染症)のリスクがありますので、心内膜炎予防のための指示に従う必要があります。
マルファン症候群でみられる歯科所見
叢生
マルファン症候群では、上顎の骨である上顎骨が狭いことが多く、それにより重度の叢生となることがあります。
後交叉咬合
口蓋が狭く、高い位置にあることから、上下の歯をかみ合わせた時に上の歯が下の歯の内側に入る後交叉咬合が生じることがあります。
不正咬合
細長い顔がマルファン症候群の特徴です。このことが「顔面の調和」に影響し、上顎、下顎、歯の良好な関係の妨げとなることがあります(不正咬合:上の歯と下の歯が噛み合わないこと)。
下顎関節症候群
下顎関節は、下顎と骨をつなぐ蝶番の働きをします。この関節に奇形がみられたり、この関節を支える靱帯が緩かったりすると、様々な問題が生じます。これらを下顎関節症候群と呼びます。マルファン症候群の方では、下顎関節症候群がみられる可能性が高くなることはほぼ間違いないのですが、厳密な研究は行われていません。
下顎関節症候群では、大きく口を開けた時に口が閉まらなくなる、噛んだ時に痛みが出る、口を開いた時に一方あるいは両側の関節から音が鳴る、痛みが持続し頭痛につながる、といった症状が出ることがあります。この症候群や顎の問題については、補綴(ほてつ)歯科医(欠けた歯を取り替えたり、元通りにする歯科の専門医)を受診してください。
心内膜炎
心内膜炎とは、心腔の内壁や弁に生じる炎症です。僧帽弁逸脱がみられる方や人工弁を装着している方では(マルファン症候群や一部のマルファン関連疾患の方では、どちらの状況も考えられます)、歯科治療や細菌が血流中に入り込む可能性の高い医療状況において、心内膜炎に罹患する可能性があります。
通常の歯科治療を含め、細菌が血流に入り込む可能性のある処置が行われる前に、対策を取る必要があります。
多くの歯科治療は歯肉線より下で行われますので、細菌が血流に入り込む可能性があります。お持ちの心臓疾患が何であれ、担当の歯科医に伝え、歯科治療が始まる前に歯科医が循環器内科医に抗生物質を投与する必要があるかどうかを確認できるようにしてください。
マルファン症候群でみられる歯の問題
人間の顔の成長・発達は複雑かつ連続的なプロセスであり、個人差があります。マルファン症候群の子どもについては、成長につれて顔の特徴はより目立つようになります。
マルファン症候群の患者さんは上顎や口蓋が狭いことにより、歯のかみ合わせや上顎と下顎との位置関係の問題が生じます。
マルファン関連疾患であるか否かに関わらず、これらは歯の矯正治療では常に問題となります。
マルファン症候群患者の治療にあたる歯科医・矯正歯科医は、マルファン症候群であるかどうかで矯正歯科治療が変わることはないという意見で概ね一致しています。どの患者さんにとっても、安定(歯が動かないようにすること)および保持(矯正歯科治療の結果を維持すること)が重要な問題であり、矯正歯科医による入念な経過観察が必要です。結合組織疾患の有無によらず、治療は患者さん個々によって異なります。
矯正歯科治療
マルファン症候群の患者さんに一般にみられる矯正歯科的な問題に対する特定の管理法の研究はあまり行われていませんが、マルファン症候群の管理における矯正歯科治療は、特に小児において重要な部分を占めます。
米国矯正歯科学会によると、小児は7歳までに矯正歯科医を受診すべきとされており、特にマルファン症候群の小児に当てはまります。成長期の子どもでは多くの治療選択肢がありますが、10代や成人になると限られてきます。
7~8歳となった子どもでは、上顎の狭さの判別が可能になります。この所見はマルファン症候群の小児では一般的な特徴とされており、上顎が狭いことで上の側面の歯が下の歯の内側に入る、後交叉咬合が生じます。
幼い子どもであれば、歯科矯正装置であるエキスパンダーを使うことで上顎を広げ、後交叉咬合を治療することができます。これは(口蓋骨のつなぎ目である)縫合線がまだ固定されていないために可能な治療ですが、成長につれてその部位の骨縫合が進み、動かなくなります。通常、10代に入ると単純な矯正歯科的な方法では治療できず、外科的手術が必要となります。
しかし、マルファン症候群の方では、疾患の特性および成長が継続することから、エキスパンダーによる後交叉咬合の治療が可能な期間は延長され、10代前半以降も可能な場合があります。口蓋が柔らかいうちにエキスパンダーでの治療を行うことで、その後のブリッジ治療にメリットがあります。すぐにブリッジ治療を行わない場合でも、トランスパラタルアーチなど他の装具を使い、ブリッジ治療が行えるようになるまで空いたスペースを保持しておくこともできます。
(成長期を過ぎているなどの理由で)エキスパンダーによる後交叉咬合の治療ができない場合には、口蓋を広げる手術が有効な場合があります。
心臓関連の合併症のあるマルファン症候群の患者さんに対しては、いかなる手術であれ一定のリスクが伴います。こうした待機手術に対するメリット・デメリットの評価を担当の心臓専門医(循環器内科医)にお願いしましょう。循環器内科と患者さんの双方が手術リスクを超えるメリットがないと判断した場合には、後交叉咬合の治療は行いません。その場合、矯正歯科医は非外科的な手段を用いて、叢生や過蓋咬合、反対咬合といった他の所見の治療を行います。
治療に最適なタイミングを決めるに当たっては、矯正歯科医と相談することが重要です。疑問がある場合には、マルファン症候群患者の治療経験のある他の矯正歯科医にセカンドオピニオンを求めてください。
心内膜炎
心内膜炎は誰にとっても深刻な合併症ですが、人工弁置換による大動脈の外科的再建を行った患者さんは特に注意が必要です。マルファン症候群の患者さんも多くは、そうした手術を行います。薬のみで治すことはほぼ不可能であるため、必ずといっていいほど、人工弁や人工血管を取り外す手術が必要となります。この手術は通常よりもリスクが高く、感染した組織をすべて取り除くことができない可能性も高いことから、心内膜炎が再発するリスクも高くなります。
心内膜炎予防のためには、細菌が血液中に入り込むリスクを伴う処置の前に対策が必要です。この処置には日常的な歯科治療も含まれます。自分がマルファン患者であること、そして関連する心疾患があればそれについても担当の歯科医に伝えてください。これにより歯科医は、患者さんを担当する循環器内科医と歯科処置を始める前に相談し、抗生物質を投与する必要があるかどうかを確認することができます(心内膜炎の予防)。心内膜炎の予防に関する詳細は「マルファン症候群患者のための心内膜炎予防」を参照してください。
特別なトレーニングを積んだ歯科医や矯正歯科医を受診する必要があるか?
マルファン症候群の小さなお子さんや10代前半の子供は、まずは小児歯科医を受診してください。小児歯科医は様々な疾患をもつお子さんの歯科治療を行うトレーニングを受けています。一般歯科医の大部分は、健康に不安を抱える方の歯科治療を行うことはできますが、そうでない場合には、最寄りの大学病院や医療施設を紹介してくれます。
矯正歯科医については、開業医でも構いません。開業医の矯正歯科医も同様に、子供・成人問わず、様々な疾患をお持ちの患者さんの治療にあたってのトレーニングを受けています。
多くの都市では、矯正歯科医、小児歯科医、口腔外科医、言語聴覚士、聴覚訓練士、形成外科医からなる頭蓋顔面治療にあたる専門チームが存在しており、お住まいの地域の矯正歯科医が治療困難と判断した場合には、最寄りのそうしたチームに紹介されることもあります。
いずれにせよ、歯科医あるいは矯正歯科医に自分の疾患を伝え、心臓の疾患がある場合には説明が必要です。僧帽弁の疾患、大動脈弁の逆流、人工弁、心臓手術については、特に重要ですので知らせておきましょう。
ほとんどのケースで、心臓の状態について記載された、担当の循環器内科医からの紹介状が必要となります。
歯の日常ケア
マルファン関連疾患の方が、日常的に行うことのできる歯のケアはいくつかあります。
歯ブラシとフロスを使った毎日の歯のケアが何よりも重要であり、定期的な歯科医への通院が必須となります。
マルファン症候群の患者さんは心内膜炎のリスクがあることから、歯の問題が生じないようできる限り歯の健康を保ち、歯科処置を最小限に留めるようにしましょう。歯茎が感染を起こし歯周病となることで、有害な細菌の温床となりますので、口腔衛生を心がけ、歯茎の健康を保ちましょう。
以下の検討も必要です。
- 歯科での処置の前に、抗生物質の服用が必要かどうかを循環器内科医に確認する。
- 歯科治療や矯正歯科的処置が、咀嚼や発語といった機能を回復させるために必要なのか、あるいは外見上の問題を改善するために必要なのかを区別する。歯科治療と心血管系へのリスクとのバランスが重要。
マルファン症候群のお子さんは、7歳までに矯正歯科医を受診する必要があります。
出典:
https://marfan.org/wp-content/uploads/2021/01/Teeth_in_Marfan_Syndrome.pdf
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