海外マルファン情報

米国マルファン症候群患者団体The Marfan Foundationからの情報を中心に、マルファン症候群や関連疾患についての海外情報を翻訳して発信します。

遺伝子検査とマルファン症候群

 

はじめに

 

フィブリリン-1(FBN1)やその他の遺伝子の変異を調べる遺伝子検査は、マルファン症候群および関連疾患の診断の助けとなる重要かつ信頼性の高い選択肢となっています。しかし、疾患の診断の手がかりとなる遺伝子検査の結果が単純明快なものとは限りません。そのため、多くの場合、遺伝医学専門医(遺伝学の教育を受けた医師)や遺伝カウンセラーとの協力が必要となります。マルファン症候群の遺伝子検査におけるいくつかの基本的な情報を理解することで、医療従事者とより有意義な話し合いができるようになり、検査プロセスの利点と限界、そして検査結果を深く理解できるようになります。

 

遺伝子検査は、マルファン症候群が疑われる診断の確認、一部の家族における大動脈瘤の遺伝的原因の特定、家族内で遺伝子変異を受け継いだ方と正常遺伝子を受け継いだ方者の区別、マルファン症候群および関連疾患の家族において、出産の選択肢を増やすために利用することができます。しかし、医学的な影響とともに、個人とその家族にとっての経済的、心理社会的な影響を考慮しなければなりません。マルファン症候群の診断、遺伝子検査の必要性の判断、治療、経過観察、長期にわたる検査の計画にあたっては、総合的な臨床評価は継続的に重要なステップとなります。

 

遺伝子検査の結果を適切に解釈するためには、正確な臨床情報との結びつきが必要となります。不適切な解釈により、誤解を招く助言や危険な助言につながることもありますので、マルファン症候群に精通した医師に解釈してもらうことが重要です。

 

  • 遺伝子検査はマルファン症候群の家族歴のある方にとって、同疾患の診断の確認や除外に役立ちます。

  • マルファン症候群の特徴の一部は他の関連疾患にも見られるため、臨床評価では診断がつかない場合に遺伝子検査が役立つことがあります。
    臨床評価や遺伝子検査による診断が不明確な場合でも、その方の特徴を効果的に治療することはできます。

  • 遺伝子検査は妊娠・出産を計画する上で有用であり、着床前遺伝子診断(PGD)および出生前診断に関する議論をしやすくし、正確な生殖リスク評価が可能になると考えられます。
    マルファン症候群患者においてFBN1遺伝子変異を特定することは、出生前診断、着床前遺伝子診断(PGD)、遺伝子に基づく研究により、症状が出る前の家族の診断を確定する上で必要です。

 

マルファン症候群の遺伝のしくみ

 

マルファン症候群の遺伝のしくみを理解することは、遺伝子検査がどのように利用されるかを理解する上で重要です。ほとんどの遺伝子は、一人ひとりの細胞に2つ存在しています。子供が産まれる際、それぞれの親は2つある遺伝子の片方だけを子供に伝えます。遺伝子の片方に疾患の原因となる突然変異などが生じることで発症する疾患は、優性遺伝疾患と呼ばれています。マルファン症候群は、FBN1遺伝子の一方に突然変異が生じることで、この遺伝子に基づいて作られるタンパク質であるフィブリリン1の機能に影響が出る優性疾患です。マルファン症候群の親から生まれてくる子供は50%の確率で変異した遺伝子を受け継ぎ、マルファン症候群を発症します。マルファン症候群の親から正常な遺伝子を受け継いだ場合、マルファン症候群の発症リスクはなく、次の世代へと引き継ぐ変異遺伝子を持っていません。マルファン症候群の方の約25%は、親がマルファン症候群ではなく、家族の中で初めてのマルファン症候群患者となります。この場合の遺伝子変異を自然突然変異と呼び、ほとんどの場合、卵子精子が作られる過程で発生します。

 

遺伝子検査の方法

 

遺伝子は、ヌクレオチドと呼ばれる4つの構成要素(アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T))からなるDNAで作られています。細胞はこのヌクレオチドに基づいて、特定のタンパク質を作ります。ヌクレオチドの配列に変異などがあると、それに基づくタンパク質が正常に機能せず、マルファン症候群などの疾患を引き起こす可能性があります。遺伝子検査では、ヌクレオチドの変異などを調べます。遺伝子に変異などが見つかった場合、その遺伝子に関連する疾患を発症する可能性があります。

 

遺伝子の配列決定(遺伝子検査)で変異が見つからないにもかかわらず、疾患の臨床的特徴がみられる場合は、遺伝子のある部分が全て欠けている可能性があります。これを欠失と呼びます。確認のため、さらなる検査が必要となります。

 

ここでは、遺伝子検査に関するよくある質問をいくつか紹介します。

 

  • FBN1遺伝子の変異がみつからなかった場合、マルファン症候群の診断は除外されますか?
    いいえ。現在用いられる最善の推定法では、明らかにマルファン症候群である方の約 5~10%に変異が見られないとされています。これは、遺伝子変異の性質やさまざまな技術的な問題に起因します。

  • FBN1遺伝子の変異があれば、マルファン症候群の診断は確定しますか?
    いいえ。FBN1遺伝子の変異は、マルファン症候群と重複する臨床的特徴を持つ多くの疾患に見られます(後述の表参照)。そのため、確定診断のためには徹底した臨床評価と家族歴の見直しが不可欠となります。さらに、遺伝子配列にいくつか変化があったとしても害はありません。つまり、タンパク質の機能が障害されたり、疾患を引き起こすことはないということです。

  • 変異型や変異が起きている位置によって、マルファン症候群であるか、あるいは発症するかどうかの予測は可能ですか?
    ある程度は予測できます。変異の位置とその結果として生じる疾患の重症度との間には明確な関係はありません。変異が特定できたとしても、現在のところその効果は限定的であり、臨床管理において信頼できる指標となることは示されていません。マルファン症候群の臨床診断が、厳格な診断基準(J Med Genet 2010;47:476-485)に基づいて行われた場合、遺伝子検査の結果によって臨床管理の方法が変わることはありません。

 

遺伝子検査が推奨されるケース

 

遺伝子検査が有益と考えられるケースはいくつかあります。

 

  • 子供を持つことを考えているマルファン症候群の方では、着床前診断出生前診断といった選択肢を検討するため、多くの場合、遺伝子検査を行うことを考えます。これらの選択は個人の意思決定によります。今日の技術では、体外受精を利用して胚を事前に選別し、両親の一方に由来する、FBN1遺伝子変異を持たない胚を着床させることが可能です。しかし、この方法はスクリーニングの手段に過ぎず、妊娠中に確認のための検査を行う必要があります。さらに、妊娠が確定した際の遺伝子検査は、出生前検査によって行うことができます。これには2つの方法があります。1つ目の方法は、絨毛膜絨毛サンプリング(CVS)と呼ばれる方法で、妊娠10~11週目に腹腔内または子宮頚部から胎盤細胞を採取することで行われます。2つ目の方法は、羊水採取と呼ばれ、妊娠約16~18週目に経腹腔内から羊水を採取する方法です。どちらの方法でも、遺伝子の突然変異を調べることができます。これらの方法を検討する前に、親の変異型を特定しなければなりません。

  • マルファン症候群の親から50%の確率で遺伝する可能性がある子供は、遺伝子検査の恩恵を受けられると考えられます。理由は、乳児や幼児に行われる早期の臨床検査では診断を確定できないことがあるためです。臨床的特徴は年齢を重ねるにつれて現れ、通常、その時点で診断は確定されます。遺伝子検査が陽性で、臨床的特徴を持たない子供は、継続的に検査を受けるべきです。

  • マルファン症候群の基本的特徴である大動脈の拡張や解離、水晶体亜脱臼のいずれかを有し、他に明らかなマルファン症候群の徴候がない方は、遺伝子検査の恩恵を受けられると考えられます。確立された診断基準が示すように、基本的特徴のいずれかがある状態でマルファン症候群との関連性が知られているFBN1遺伝子変異があれば、診断を付けることができます。孤発性水晶体亜脱臼の患者さんの一部でも、この遺伝子に変異がみられます。

  • マルファン症候群にみられる複数の特徴を持つ方では、遺伝子検査は鑑別診断を検討する上で有益であり、具体的な治療方針を示すことができる可能性があります。例えば、TGFBR1遺伝子または TGFBR2遺伝子の変異によって引き起こされる結合組織疾患である ロイス・ディーツ症候群の方には、マルファン症候群にみられる多くの特徴がみられるかもしれません。ロイス・ディーツ症候群の方では、口蓋裂やクラブフットなどの特有の特徴を示すこともある一方で、水晶体亜脱臼を発症することはありません。最も重要なことは、ロイス・ディーツ症候群では、動脈蛇行(動脈のねじれ、主に頭頸部の血管でみられる)を認める傾向があり、動脈樹全体で動脈瘤の形成リスクがあるということです。ロイス・ディーツ症候群でみられる動脈瘤は、マルファン症候群の動脈瘤と比較すると、より若い年齢、より小さなサイズで裂けたり、破裂したりする傾向があります。こうした臨床的違いがみられることにより、早期の画像検査を行ったり、異なる閾値を外科的介入の基準として用いることができます。ロイス・ディーツ症候群のすべての患者さんに顕著な頭蓋顔面異常がみられるわけではありません。マルファン症候群で、水晶体亜脱臼を除く複数の特徴がある場合は、ロイス-ディーツ症候群の特徴についての検査を行うべきであり、その疑いがあれば遺伝子検査が推奨されます。臨床的な所見があることで、FBN1、TGFBR1、TGFBR2遺伝子の検査順序を決定するのに役立ちます。

  • 家族に大動脈瘤や解離の既往歴のある方がいる家系は、リスクのある家族を特定するため、画像検査あるいは遺伝子検査を選択することもできます。研究により大動脈瘤や解離に関連する多数の遺伝子が同定されています。

 

マルファン症候群の遺伝子検査における制約

  

マルファン症候群の遺伝子検査の結果を効果的に利用するには、いくつかの制限があります。

 

  • FBN1遺伝子の変異を同定する、現在の検査は非常に有効ですが、一部の方では、変異を同定するために通常の検査以上の検査を必要とする方もいます。例えば、遺伝子の片方の一部または全部が欠損している場合には、遺伝子の配列決定では突然変異が見つからないことがあります。

  • FBN1遺伝子の変異はマルファン症候群以外の疾患(後述の表参照)を引き起こす可能性があるため、変異が見つかった場合に発症する疾患を予測することは困難です。

  • マルファン症候群の原因となる同じ変異を持つ家族でも、多くの合併症の発症時期や重篤度に大きなばらつきを示すことがあります。

 

マルファン症候群の関連疾患

 

マルファン症候群と重複する所見をもつ疾患

疾患名

マルファン症候群と重複する所見

FBN1遺伝子変異の有無

FBN1遺伝子以外の変異

ビールズ症候群

僧帽弁逸脱、骨格所見

無し

FBN2

血管型エーラス・ダンロス症候群

皮膚・骨格所見、大動脈瘤/裂傷(一部のタイプのみ)

無し

COL3A1

家族性胸部大動脈瘤・解離*1

大動脈拡張/裂傷・多様な骨格所見

通常は無し

ACTA2, MYH11, MYLK, PRKG1

ホモスチン尿症 

僧帽弁逸脱、水晶体亜脱臼、皮膚・骨格所見

無し

複数有り

ロイス・ディーツ症候群*2

動脈瘤/裂傷、皮膚・骨格所見

無し

TGFBR1, TGFBR2

水晶体亜脱臼症候群

水晶体亜脱臼、骨格所見

有り

ADAMTS4L

MASS表現型

僧帽弁逸脱、近視、境界型大動脈拡張、皮膚・骨格所見

低く見積もって時々有り

不明

シュプリンツェン-ゴールドバーグ症候群

大動脈拡張、皮膚・骨格所見

稀に有り

SKI

スティックラー症候群

眼、一部の骨格所見

無し

COL2A1, COL11A1,
COL11A2, COL9A1,
COL9A2

*1 家族性胸部大動脈瘤・解離および外見上の身体的特徴を示す他疾患には、ここで挙げた遺伝子以外にも、TGFBR1、TGFBR2、SMAD3、TGFB2遺伝子が関与している。

*2 SMAD3、TGFB2遺伝子における変異も、ロイス・ディーツ症候群と類似の症候群の発症に関与する。 

 

まとめ

 

マルファン症候群の診断は、特定の身体的特徴の観察および家族歴を含む臨床的基準によって確定します。遺伝子検査は、マルファン症候群あるいは特定の関連疾患を診断するための全身的な臨床評価で利用される有益な追加情報を提供することができます。

 

遺伝学検査は、適用や解釈に誤りがあった場合、誤解を招いたり、危険な場合さえあります。例えば、非特異的な結合組織所見があり、かつ、大動脈拡張がみられない、あるいは境界型の大動脈拡張である方は、FBN1遺伝子変異が見つからなかったことで、マルファン症候群ではないと考えるかもしれません。ですが、実際にはこの方は、FBN1遺伝子変異が見つからないマルファン症候群やFBN1遺伝子の変異とは無関係な大動脈拡張/裂傷のリスクを有する別の疾患を抱えているかもしれません。いずれの場合も、臨床的な経過観察が行われないとすれば、生命の危険性があります。

 

大部分のマルファン症候群の方は、臨床評価のみで診断が確定されます。マルファン症候群のそれぞれの特徴は、特定の診断が付かない場合でも十分に治療が可能です。マルファン症候群には、定期的に行われる非侵襲的な診断検査を含む全身の臨床評価を受けた後に発見・対処できない「隠れた」特徴はありません。

 

遺伝子検査は、着床前診断(PGD)、出生前診断、家族内にリスクのある方がいらっしゃる場合の診断確認に役立ちます。

 

ロイス・ディーツ症候群といった、マルファン症候群以外の特定の結合組織疾患の診断が確定される場合を除き、遺伝子検査によって、マルファン症候群や他の重篤な結合組織疾患の存在が除外されたり、転帰に関する重大な情報が得られたり、臨床的に注意すべき身体的問題の治療法が変更されたりすることはありません。

 

こうした遺伝子検査の理論的解釈と正確な適用には、マルファン症候群に精通し、遺伝子検査の用途と限界を認識している専門家による個別の検査とカウンセリングが必要です。

 

出典:

https://marfan.org/wp-content/uploads/2021/04/Genetic_Testing_and_Marfan_Syndrome.pdf

 

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