海外マルファン情報

米国マルファン症候群患者団体The Marfan Foundationからの情報を中心に、マルファン症候群や関連疾患についての海外情報を翻訳して発信します。

スプーン理論とオンラインコミュニティへの頌歌

2022年12月8日

マディソン・モーリン

 

慢性疾患によって障害を負った人々は、インターネット上のコミュニティを求め、病気の理解を広める。誰に知られることもなく、心の裡に秘められた経験は、ソーシャルメディアの力で現実世界へと浮上する。

 

2003年、当時大学生だったクリスティーン・ミセレンディーノは自身のブログである『But You Don't Look Sick』(『だけど君は病気に見えない』)に記事を投稿した。タイトルは「スプーン理論」。この記事の中でミセレンディーノは、全身性エリテマトーデス患者である自身の日常を、例えを用いて友人に理解してもらおうとする。インターネットの世界で生を受けたこの言葉は、今日では慢性疾患患者のコミュニティそして医療関係者の知るところとなっている。

 

スプーン理論を簡単に説明する。大学の食堂で友人からエリテマトーデスとの共生について尋ねられたミセレンディーノは、掴めるだけのスプーンを使って、エネルギーの分配方法を説明する。スプーン1杯がエネルギー1単位。起床時の総エネルギーをスプーン12杯分とすると、身支度に1杯、朝食にもう1杯… この仮想的な1日の終わりには、スプーンはどれも空になっており、典型的な日常活動に充てるエネルギーは残されていない。

 

多くの人々が気にもかけない日々の行動の困難さをスプーン理論は浮き彫りにする。日常生活に加え、学業と趣味の時間も必要だ。ミセレンディーノが始めた小さな学生ブログは、2003年以降、雪だるま式にオンラインコミュニティへと発展した。スプーン理論を使いこなすメンバーらは、自らを「スプーニー」(スプーン理論を駆使する者)と呼ぶ。

 

ミセレンディーノの書き込みがある ――「健康な人と違って、病人は選択を迫られる。何をすべきか意識しなきゃいけないってこと。世の中のほとんどの人はそんなことしなくてもいいのにね。健康な人は束縛されない豪華な人生を満喫できる。みんな当たり前だと思ってるけど、それって神様からのプレゼントなの」

 

マルファン症候群の多くの人々が、スプーン理論に親しみを覚えたとしても驚くには当たらない。マルファン症候群などの結合組織疾患の多くの人々は、病気の管理や「スプーン」の分配に加え、代わり映えしない病気の説明に独創性を付け加えることを求められる。インターネットは病気の発信や啓発にはうってつけだ。スプーン理論は慢性疾患のことを理解できない人々に対し、患者の生活を伝える手段として登場したのかもしれない。だが、それだけではない。この理論は内向きのコミュニティへと姿を変えたのだ。

 

若い頃、Google で「マルファン症候群」を検索した時に表示された画像や記事は、冷淡で人格を持たない医学的な事実だった。こうしたウェブサイトのほとんどが情報にあふれていた。マルファン患者であれば、両腕を広げた不名誉なポーズや身長測定で撮られた写真に見覚えがあるだろう。私がオンラインで目にしたマルファン症候群の第一印象だ。

 

現在振り返ってみると、これらの写真にうごめくダイナミクスに気付かざるを得ない。医療情報を広めることを咎めているのではない。しかし、それらは「メディカルゲイズ」により映し出された写真であったことは明確にしておきたい。メディカルゲイズとは、医学的見地から二次的に病気を捉える視点を指す。私が最近学習した言葉だ。

 

患者らは現在、オンラインや The Marfan Foundation のソーシャルメディア上で自らの病気を公表することができるようになり、そのおかげで私は、患者目線で語られるマルファン症候群を知ることができるようになった。今日では、マルファンであることのメリット・デメリットを伝える動画にスマートフォンからアクセスできる。どちらの立場を取った動画であれ、これまでに公開された情報よりも有益な内容となっている。ブリガム・ヤング大学2年のアレグラ・スタートヴァンドは TikTok で、マルファン患者である自身に寄せられた「だけどあなたは病気に見えない」といった辛辣なコメントを公開している。

 

スタートヴァンドの TikTok 動画は、Google で「マルファン症候群」と検索した際に最初に表示される写真ではお目にかかることのできない、主体的な視点から作り上げられている。

 

マルファン症候群の啓発活動をおこなっているイースタンミシガン大学2年のグレース・メイヤーはこう語る。「ソーシャルメディアは障害について知ってもらうための素晴らしい手段です。病気のことをご存知の方は多いかもしれませんが、そうした病気の方々の実際の生活については知られていません。マルファン症候群については、私のFacebook ページで多くの人々に知識を伝えてきました。実際の生活を伝える情報発信型の TikTok からは他の病気のことを学んでいます」

 

最近では、Daily Mailの記事 をめぐり、スプーニー・コミュニティに関する論争が勃発している。この記事の中でジャーナリストのエマ・ジェームスは、ティーンエイジャーの女子らが作るオンライングループが、人目につかない持病に関するウェブコンテンツを作成することを非難し、スプーニー・コミュニティは「最も重篤な個人を特定するための争いに終始することが多い」と述べている。彼女らの主張には、裏付ける研究結果がほとんどない、あるいは全く存在しないものもある。この記事は、内部障害者に対する差別的な語り口であるとして批判を浴びた。

 

私の意見を述べる。

 

1968年、ジョーン・ディディオンは著書『The White Album』の中で、持病の慢性偏頭痛について記し、エッセイ『In Bed』では、今日、若いスプーニーらが作成し合うコンテンツに類似したテーマを取り上げている。これは「スプーニー」という言葉の誕生よりも遥かに昔のことだ。このエッセイの中で彼女は、偏頭痛の頻度と重篤度を認めることへの抵抗感、知り合いと医療従事者によるミスリードと拒絶、待ち焦がれた偏頭痛の受容について振り返っている。

 

「頭痛を経験したことのない人々からの蔑むような視線ほど、(偏頭痛の)発作を長引かせるものはないと思うのです。苦痛と無縁の方々は戸口から『アスピリンを2~3錠飲んではいかが?』なんて言うことでしょう」ディディオンはこう書き残している。

 

ディディオンを引用した理由は、我々の状況も彼女と変わらないことをわかってもらうためだ。慢性疾患患者の集う Instagram の Reels では、ディディオンが用いた優雅で繊細な散文調の文体を目にすることはないかもしれない。だが、表現されている苦しみは同一のものだ。その苦しみが、我々が社会から求められる「説明」に伴うストレスを増幅させる要因となっているのである。

 

マディソン・モーリンさんについて

 

ジャーナリスト兼マルファン症候群患者。メーン州在住。マサチューセッツにある大学に通う。連絡先:Instagram @madison.morin

 

出典:

marfan.org

 

The Marfan Foundation did not participate in the translation of these materials and does not in any way endorse them. If you are interested in this topic, please refer to our website, Marfan.org, for materials approved by our Professional Advisory Board.

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